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激震

一昨日の宮城県北部での地震は実家のある仙台でも結構大きな揺れになったようなので、夜にでも電話してみるかなぁ。と思っていた矢先にそれは起きた。

最初に気付いたのは隣の席にいる同僚で、なんかゆっくり揺れてないか?と言った瞬間に大揺れ。会社は組込み系の仕事がメインで、鉄の塊のような筐体が台の上に置いてあり、これが落下すると洒落にならない。
同僚と二人で筐体とその隣に積んである箱を押さえると、更に大きな揺れが襲ってきた。机の上の液晶モニタがグラグラと揺れて、左手で筐体、右手で液晶モニタを必死で押さえる。

積んであった本がなだれ落ち、外付けHDDも机の上から転げ落ちた。揺れていた時間は恐ろしく長かったような気もするし、一瞬だったような気もする。

自分の部署がある部屋は一番危険な重量物の落下を押さえた甲斐があって、被害は軽微だったのだが他の部屋が無茶苦茶。部品棚の上に積まれていた箱が全部落下したり、台車に乗せてあった装置が横倒しになったりしていた。

窓を開けて外を見ると、民家の屋根瓦がガタガタになっている。
会社は水道が一時的に止まったけど停電はせず、ネットも普通に繋がっていたのでtwitterで情報を集めると、お台場が燃えていたり九段会館の天井が崩落したりとかなり悲惨な状況だったが、この時点では東北地方がもっと悲惨な事になっているとは知るよしもなかった。

妻とは連絡が取れず、子供は学校にいるのか帰宅しているのかも分からない状態だったので、午後4時半ぐらいに会社を出て家に向かおうとしたのだが、交通機関大混乱。バス停にはかなり並んでいる人がいて、バスが来ても乗れない可能性があるので諦めて徒歩で家に向かった。
相変わらず家族の誰とも連絡はつかず、不安で足早になる。今日は暖かいのに完全防寒モードだったから、途中で汗だくになってしまった。

方南町行きのバスが動いているのは見えたけど、それに乗っても結局はまた歩く事になるので、島忠中野本店とサミットストアを経由するコースで帰宅。家には妻も子供も無事にいてひと安心。妻が職場からいち早く戻り、学校まで子供を迎えに行っていた。

自宅の被害は本や段ボール箱が崩れたぐらいだったが、マンション1Fの通路の天井板が剥がれ落ちて通行止めになっていた。

ホッとしたのもつかの間。TVでは東北地方沿岸の津波被害が報じられていて、実家のある仙台市若林区の沿岸から津波が押し寄せ、何もかもをのみ込んでいく映像は絶句するしか無かった。
もちろん実家には固定電話もケータイも連絡が付かず、安否確認ができない。実家よりも遙かに内陸にある若林区役所まで津波にのまれたという報を聞き、あとで誤報と分かったがその時は目の前が真っ暗になった。
その時点ではもう実家が流された事は覚悟して、津波が到達した時に家族が他の場所にいて、無事な事を祈るしかなかった。

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